December 01, 2010

Perspectives 2010


 世界屈指の写真美術館「ICP」において、1970年代生まれのアーティスト5人にスポットを当てた展示会が開かれています。「2010年の視点」と題されたタイトルの通り、写真家や映像作家など5人の独創的な「視点」が見どころ。デジタルという共通点の他、政治や社会問題、ヒューマニズムといった各々の主題を掘り下げたメッセージが作品の端々に感じられました。中でも特に印象に残った2人の作品を紹介したいと思います。

 ロシア人女性、レナ・ハーゾグによる「ロスト・ソウル」は、遺伝子異常で誕生前に母体で死を迎えた赤ちゃんや、標本化された胎児を映したシリアスな作品。ともすれば目を背けたくなる生命の残酷さを女性ならではの優しい眼差しでとらえ、ある種の美しさをもってモノクロ写真におさめています。そこには生へのメッセージが確かに込められていて、軽視しがちな生命の尊さを、無言のうちに、強く悟しているかのようでした。
 もう1人は米国人。76年生まれのホンアン・トルオングによる「アダプション・フィーバー」。仏植民地時代におけるベトナムの映像を用いて何とも不思議なビデオ作品に仕上げています。過去の「記憶」と「現実」とのギャップ。その曖昧さを鏡の効果などで暗示し、ベトナムの歴史を通して記憶の真実に迫っています。

 総じて5人の作品が印象的だったのは、キュレーターの言葉を借りると「歴史と記憶の関係を日常生活の視点からも捉えている」ことにあると思います。教科書通りの歴史にとどまらない、多角的な目で写し出す真実。5人の視点は歴史を再認識するための「始点」でもあったようです。

November 01, 2010

Photography of Sculpture


ひとつの芸術作品である「彫刻」を被写体として見たとき、これまでに多くの写真家が独自の手法でカメラに収め、その造形美を写真に残してきました。彫刻をどのように撮影し、彫刻本体とはひと味違う芸術に昇華させるのか?20世紀を代表する彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシは言いました。「なぜ言葉で書くんだ、写真で見せたらいいじゃないか」マルセル・デュシャンらと交流のあった彼は、マン・レイから写真を教わり、自作の彫刻を撮影して現像からプリントまで全てを完遂。ウジェーヌ・アッジェは、土門拳が仏像や寺院、古美術などを撮ったように、パリの街中やヴェルサイユ宮殿の彫刻を、独創的な切り口で写しています。


 彫刻の中でも、大地をキャンバスに巨大な作品を描く「アースワーク」などと呼ばれる手法をご存知ですか?代表的な作家に、ユタ州ソルトレイクの湖岸に渦を描いたロバート・スミソン、茨城県常陸太田の大地に巨大な傘を立てたクリストなどが有名。大自然の中に美術館が現れたような、彫刻との渾然一体の自然美があります。さらには自らの身体を彫刻の被写体にする「パフォーミング・アーティスト」なる芸術家もいて、全身にガムをくっつけてポーズをとったハンナ・ウィルケや、口から水を噴き出し「噴水」と題したブルース・ニューマンの写真は、その場限りの一瞬を写したアートとして輝きを放っています。


 先頃、彫刻の写真を集めた展示会がMoMAで開かれていました。彫刻を見る角度によって印象が変わるように、写真家の捉え方次第でこうも変わるものかと、その変貌ぶりに驚嘆を覚えました。

October 01, 2010

Photographer's Place


 私がニューヨークの写真学校で学んでいた頃、ソーホーに「フォトグラファーズ・プレイス」というお店がありました。ギャラリーをまわった課外授業の帰り道、先生に連れられて中へ入ると、ダゲレオ・タイプをはじめとするヴィンテージ写真やアンティークカメラ、古い写真集などが所狭しと並んでおり、そこに写真の原点が垣間見えて心動かされたのを覚えています。やがてソーホーからギャラリーの撤退が相次ぎ、私の写真学校の卒業と時を同じく、このお店も姿を消してしまいました。


 あれから10年が経った同じ場所。先日、ソーホーのマーサーストリートを歩いていると、ヴィンテージ写真を売る露店の前を通りかかりました。そういえばこの辺りに懐かしのお店があったような。露店の椅子には眼鏡をかけた白髪の老人。何となく声をかけてびっくり!偶然にも彼が「フォトグラファーズ・プレイス」の元オーナーだったのです。白髪と眼鏡が印象的なハーベイ・ズッカーさん。お店を畳んだ後は、アンティーク写真やカメラを扱うディーラー業の傍ら、路上で写真を広げて売っているのだそうです。


 「人生はマグネットのようだ」ズッカーさんは小さい頃からダゲレオ・タイプやカメラに惹きつけられ、気付けば膨大な数のコレクションが集まっていたのだとか。「駄菓子屋の子供と一緒だよ」と独特の比喩が続きます。フォトグラファーズ・プレイスは、写真好きが無邪気に楽しむお店だったのでしょう。いかにも自由人な彼のスタンスは「主人にも奴隷にもならない。好きな事をやっているだけ」何だか羨ましくて、私こそ磁石のように惹かれたお人柄でした。

September 01, 2010

May Ray


 エンパイアステートやロックフェラーといった高層ビルが林立するニューヨーク五番街。商業的な空気に満ちた大通りにも芸術の芳香が放たれ、各種ギャラリーが摩天楼を見上げるように点在しています。チェルシー地区でよく見られる現代アートを主流派とすると、五番街は通好みの個性派ぞろい。ユージェーヌ・アジェやエドワード・ウェストンなどの古典的な作品も見られる、エドウィン・ホウク写真ギャラリーでは、往年の名アーティスト「マン・レイ」のヴィンテージ写真が展示されていました。

 1890年にユダヤ系ロシア人として生をさずかり、ニューヨークのブルックリンで育ったマン・レイは、米国のモダニズム隆盛期にマルセル・デュシャンらと切磋琢磨しながら多感な20代を過ごします。1921年には渡仏してパリに拠点を移し、ハーパース・バザー誌をはじめファッションやポートレイト写真家として活躍。商業写真家として腕をふるう傍ら、光と陰の効果を用いた「レイヨグラフ」という写真術を開発し、他の作家には真似できない、ソラリジェーションによる独特な作品を数多く残しました。

 パリ時代の彼は、相反する芸術の流れに属し、米国人でありながら欧州人でもあり、商業写真家だけでなく、アヴァンギャルドを代表する芸術家として、ひとつの枠に収まることはありませんでした。モダニズム、ダダ、シュールレアリズム、そしてアヴァンギャルド芸術家として輝かしい経歴を持ち、20世紀アートに多大な影響を与えた彼の人気はいまだ衰えることなく、作品はかなりの高額で取引きされているのだそうです。

August 01, 2010

The Polaroid Collection


~世界随一の老舗オークションハウス「サザビーズ」にて~

 デジタルカメラの隆盛に押され、ポラロイドカメラの存在感が失われつつありますが、味わい深い描写力や即効性、青春の一コマを思わせるノスタルジーな雰囲気がファンに愛され続けています。その熱意が伝わったのか、この夏、かの有名なオークションハウス「サザビーズ」でポラロイド作品を扱ったオークションが開催されました。1,200を超える膨大な出品点数。ポラロイド社がインスタントフィルムの生産を終了する、などと寂しいニュースが流れたのも束の間、ポラロイドが復活を遂げたと見る向きもあります。

 ポラロイドカメラの誕生は、戦後まもない1948年のこと。創業者エドウィン・ランドの愛娘の素朴な疑問から始まりました。「なんで写真をすぐに見られないの?」以降、その即効性や楽しさが一般のユーザはもちろん、写真家たちを魅了してきました。ロバート・メープルソープと交流のあったミュージシャン、パティ・スミスはポラロイドの臨場感をこう表現しています。「ロバートの手の中にあるポラロイドカメラ。ポラを切る行為、グイっと引っ張る手首。フィルムを抜き出すスナップ音、そして期待 - 映像があがるまでの60秒間。この即時性が彼の気質にあっていた」

 今回のオークションには、各分野の巨匠の写真も出品されていました。写真界では、ヨセミテ渓谷の写真で知られるアンセル・アダムスや、愛犬のポートレートで名高いウィリアム・ウェグマン。フォトリアリズムの画家チャック・クローズ、現代アートの大御所アンディー・ウォーホールの作品も。あのロバート・フランクの写真まで出品されており、落札価格はいくらまで跳ね上がるのだろう?と競りの結果も気になりますね。

July 01, 2010

Henri Cartier-Bresson


 ファインダーを覗いて被写体を切り取り、今まさにシャッターを押し込む時。誰もが「決定的瞬間」を狙ってカメラを構えているのだと思います。それは、凄惨な事故現場や躍動感に満ちたスポーツ写真ばかりではありません。ありふれた日常の何気ない場面も、とらえ方次第では決定的瞬間になると思うのです。


 アンリ・カルティエ=ブレッソン。20世紀を代表するフランス人写真家である彼は、35mmのライカを手にした1930年代から活動を本格的に開始。鋭い洞察力でありふれた日常の一コマを印象的に撮り続け、そのタイトル通り「決定的瞬間」を集めた写真集が代表作となりました。マグナム・フォトに参加し、雑誌ライフでも写真を発表。インドやインドネシアの独立、スターリン死後のソ連など、激動の世界を映したルポタージュを数多く残しています。


 この春、MoMAで彼の回顧展が開かれています。初期の作品からジャーナリズム写真、ポートレートまで約300点を集めた展示作品の中でも、トリミング疑惑で有名なサン・ラザール駅裏の写真は必見。足下を濡らさないよう、道を急ぐ男性のかかとが水面にふれる寸前の「瞬間」をとらえています。ありふれた場面だけれど、物語のような楽しさとユーモアにあふれた秀作です。


 コンセプチュアルでサイズの大きいアート写真が多い昨今ですが、目の高さに、ほどよいサイズのモノクロ作品に出会うと、写真の原点に回帰する気がします。カメラを初めて手にした誰もが狙う、決定的瞬間。ブレッソンの作品を見るたびに、写真を始めた頃の感動が思い出されるのです。

June 01, 2010

Yasumasa Morimura


 ゴッホの自画像などに自らが扮して撮影する「セルフポートレート」の巨匠、森村泰昌の講演会がコロンビア大学で開かれました。「何故、私は三島由紀夫のポーズをとるのか」と題され、美術の世界に入ったきっかけから現在の創作活動に至るまで、半生を振り返るように語っていました。

 中学時代の夏休み、自由課題で水彩画を提出した時のこと。クラスメートの一人が油絵を描いてきました。自分の絵と比べ、ひときわ大人っぽく見えた西洋の画風。一目見て油絵に魅せられた泰昌少年は、その日を境に西洋美術への憧れを抱くようになり、高校に進学すると美術クラブに入部。卒業後は芸術大学の門をくぐり、美術家としての土台を築いてゆきます。そう聞くと何の迷いもないように思える泰昌青年ですが、ひとつの疑問が頭から離れず、自問自答を繰り返していました。「日本で生まれ育ったのに、なぜ西洋美術の影響を強く受けるのだろうか?」

 戦後の高度成長期。欧米に追いつけ追い越せの世の中は、美術界も当然のごとく海外の影響が強く、彼のような疑問を持つ者は多くはなかったようです。西洋美術の影響について長年の思いを昇華させた彼は、和洋の美術をミックスさせて創作の幅を広げます。モチーフとする絵画の主題から時代背景までを念入りに調べ上げ、セルフポートレートとして表現していったのです。

 近年の作品の中で、「三島事件」を自分に置き換え、バルコニーで芸術論を説く映像作品があります。時代背景を知り尽くした彼らしいアプローチ。和洋の垣根を超え、文化や芸術にふれる喜びや楽しさを、いつも与えてくれるのです。

May 01, 2010

W. Eugene Smith


 半世紀前のニューヨーク。ブティック街に変貌を遂げる前のソーホー地区をはじめ、マンハッタン各所のロフトには、ミュージシャンや作家などのアーティストたちが集い、その才能を育んでいました。水俣病を衝撃的に映したことで知られる写真家、ユージン・スミスもそのうちの一人。フォトジャーナリズムで有名なライフ誌の専属写真家を辞めた後、サブカルチャーが息づくロフトへと活動の拠点を移しました。

 ロフトで彼を待っていたのは、ジャズ音楽の世界でした。日夜多くの奏者たちが音を奏で、ピアノを囲んでは始まるジャムセッション。チャールズ・ミンガスやビル・エヴァンス、セロニアス・モンクなどの大物も出入りしていたそうで、ミュージシャンの他にも、ロバート・フランクやダイアン・アーバスといった写真家たちもスミスの顔馴染み。彼はロフトに出入りする仲間たちを35mmのフィルムに撮り続け、実に40,000点もの写真を残しました。何事にもとらわれないロフトでの生活、自由奔放にシャッターを押し続けた熱狂ぶり。ライフ誌に代表される、ジャーナリスティックな写真のアプローチとは異なる作風がたいへん印象的です。

 彼の残した写真は「ジャズ・ロフト・プロジェクト」と名付けられ、この春、作品の一部がニューヨーク市立図書館で展示されています。スミスの研究家であるサム・スティーブンソンが監修し、クノフ社より写真集も出版されました。展示会を訪ねると、スミスが自らプリントした写真もあり、埋もれていた「ジャズ」の作品が多くの人の目に触れるかと思うと、何だか嬉しい気持ちになります。

April 01, 2010

Bauhaus


 この冬、ニューヨーク近代美術館(通称MoMA)にてバウハウスの展示会が開かれています。バウハウスといえば、かつてドイツのワイマールに校舎を構えた美術・建築学校。1919年の設立後、ナチス主導によりわずか14年間で閉校に追いやられましたが、その精神は途切れることなく現代にまで受け継がれ、合理主義的・機能主義的な芸術の潮流を作りました。その流れ自体がバウハウスとも呼ばれています。

 MoMAの展示会場をまわると、至る所でバウハウスの息吹が感じられます。写真界ではハンガリー出身のモホリ=ナジ・ラースローが第一人者。彼が活躍した1920年代は写真へのアプローチが激変した時代で、芸術家たちが新しいビジョンを求めて先を競っていました。1839年を起源とする写真の創成期以降、草分け的存在と言えるモホリ=ナジ。「フォトモンタージュ」「フォトグラム」といった技法の生みの親でもあります。

 20世紀前半、写真において世界あちこちで革新の動きがあったようです。俯瞰や仰角を用いたロシアのアレクサンダー・ロドチェンコ、「ソラリゼーション」「レイヨグラフ」の技法を駆使した米国のマン・レイといった芸術家たちが数々の名作を残しています。

 別コーナーで開かれていた合同展「ニュー・フォトグラフィー」も覗いてみました。現在、最も注目を集めている若手アーティスト6人。1970~80年代の生まれである彼らの作品には、抽象やコラージュといった伝統技法も取り入れられ、デジタルやカラーの違いはあるものの、モホリ=ナジの作品に通じるものを感じました。バウハウスの精神は、脈々と受け継がれているのですね。

March 01, 2010

Irving Penn


 ケーキを撮ることも芸術になりうる―  そんな名言を残したのは米国を代表する写真家、アーヴィング・ペン。ありふれた光景を独特の切り口でとらえ、芸術へと昇華させた作品を数多く残しています。煙草の吸い殻、積みあげた冷凍食品、静物画のような果物…。アート志向の強かった彼の写真を見ると、他の作家とは似て非なる独創性が感じられます。

 1917年生まれ。フィラデルフィアの美術大学で広告デザインを学び、ファッション雑誌にイラストが採用されたことを契機にペンのキャリアが始まりました。25歳でいったん仕事を辞めメキシコを旅した後、ヴォーグ誌のアシスタントに就いた頃から写真家としての才能が開花。茶色い革カバンやベージュの手袋、レモン、黄色い宝石といった雑多なものを並べ、撮影したテーブルの写真がヴォーグ誌1943年10月号で表紙を飾り、一躍脚光を浴びました。

 冒頭の言葉通り、彼の写真に対する姿勢や情熱はファッション写真以外にスティル・ライフやポートレート写真等にも見られます。1950年に結婚した最愛の妻、モデルのリサ・フォンサグリーヴスと1992年に死別した後も、芸術への思いは冷めることなく、つい最近までヴォーグ誌での活動を続けていましたが、昨年10月7日、マンハッタンの自宅で息を引き取り、写真家としての生涯を終えました。

 彼の作品は世界中の美術館でコレクションされ、その情熱は今も生き続けています。日常のありふれた対象を撮っても芸術の領域まで高める事ができる。次世代へのメッセージが込められているように思います。

February 01, 2010

Robert Frank


 日本通の外国人に出会うと、日本人以上に文化や歴史、能などの古典芸能にも詳しく、驚かされる事がよくあります。そして、日本を客観的にとらえた意見はとても興味深いものです。写真界で「外国」としてのアメリカを写した一人の写真家を思い出します。

 今から約半世紀前、1924年スイス生まれの写真家ロバート・フランクが、グッゲンハイム財団の奨学金を得て北米大陸横断の旅に出ました。その目に映ったのは、外国としてのアメリカの姿。ありのままを正面から切り取った彼の写真は、後に代表作となる「The  Americans」に収められ、アメリカンドリームに陶酔していた当時の米国人にショックを与えました。自国だからこそ見えないもの、認めたくないもの。反米的との酷評が大半でしたが、今なお多くの写真家に影響を与え、ファンを魅了しているのは、彼の作品が、米国の真実を鮮烈に写したからなのだと思います。

 The  Americansの出版50周年を記念し、米国全土で記念展が開かれ、メトロポリンタン美術館では、写真集に納められたた83点を観賞することができます。それらの写真に宿る「真実」の姿。彼は以前、次のように語っていました。「僕はいつも、内なるものを探ろうと外を見ている。真実であるものを語るために。でも、真実なんてものはどこにも存在しないのかもしれない。ただ全てはありのままそこにあるだけで。そして『ありのまま』も常に移り変わるものなんだ」

 彼が写そうとした真実は、見えている存在そのものでしかいない。では、本当の真実とは何か。それは、写真を見る人の主観で移り変わるものかもしれませんね。

January 01, 2010

Rinko Kawauchi


 世界一を成し遂げたヤンキースの松井秀喜に負けず劣らず、写真界の新生としてニューヨーカーを魅了する日本人写真家がいます。彼女の名は、川内倫子。国内やヨーロッパではすっかりお馴染み、海を越え人気の波がこちらにも押し寄せているのです。

 今年10月に開催された「ニューヨーク・アート・ブック・フェア」におけるサイン会。彼女が現れるやいなや順番待ちの列が作られ、世界各国の出版社やギャラリー、アートディーラー達を隅に追いやるような人気ぶりでした。サイン会が開かれたのは、知る人ぞ知る日本のアート系出版社・Foilのブース。彼女の文集とも言える「りんこ日記」も販売されており、それを購入していた白人女性に疑問を投げかけてみました。「日本語は読めるの?」「読めないけれど手元に置いておきたいの!」

 その数週間後には、チェルシーの外れ「マウンテン・ホールド」で彼女自身ニューヨークで3度目の個展が開かれました。若手作家を主に扱う小規模なギャラリーですが、展示された作品のスケールは様々。額に入った大きめのプリントから、パネル張りの小さめの写真まで。ここでも私は、オープニングに来ていた初老のご夫婦に声をかけ、ファンの生声を聞いてみました。「彼女は、作品を見に行く価値のある写真家よ。」

 写真を含む芸術作品は、言語や国境を超えるのだと改めて感じます。彼女と同じ邦人女性として、写真に関わる者として、感慨深いものがありました。来年にはチェルシーの大手ギャラリーでの個展を控え、アペチャーという出版社から写真集も発表予定。彼女の活躍が本当に楽しみです。